【MBTI】ストレス化におけるタイプ別の対処法に関する考察

何か人に相談したりする時に違和感があるのはそのアドバイスが自分にとって有効でない事も多い事に起因する事があるのですよね。
ストレスに対してこういう風に対処するといいんでないかい?っていう。
例えば何か嫌な事があった時の反応って千差万別じゃないですか?

とにもかくにも課題に向かっていかなければ気が済まない人。
とりあえず、忘れる努力をする人。
合理化する人。

心理防衛機能の数だけ人それぞれいろんな対処をしているという事になる。

そんな中で興味深い研究結果を見つけた。

ストレスコーピングという考え方。
問題解決中心の「問題焦点型」と感情中心の「情動焦点型」という視点。
何かストレス源に対して直接働きかけて解決をしようとするか、問題解決には目をやらずに自身の感情的な反応を楽にする為に現実への主観的な解釈を変えようとするアプローチ。

ぱっとみMBTIでいうTF軸の話に思えてきますよね。

ようは、思考型の人と感情型の人では有効なストレス対処の方法が違うんじゃないのって?いう話。
同じようにEI軸NF軸PJ軸の違いによる有効な対処法が違ったりするよねっていう。

ストレス過多になりやすいのはI>E J>P
課題優先対処が有効なのは E>I T>F
逃避的な行動をとって問題に対する別側面を見出そうとするのが有効なのは N>S
自己啓発的な対処法が有効なのは N>S
(基本的に問題から完全に逃避して人のせいにして投げやりになるのはどのタイプでもアウト)
学生相談研究 第30巻 第3号 2010年 P214 大学生のストレスコーピングとその有効性に関する研究-Jungの心理学タイプ論による考察- 酒井渉

つまり、他人の間違ったストレス解消法を真に受けるとストレス解消に逆効果になってしまうリスクがあるって事ですね。
内向型の場合、リア充なストレス解消法とか地獄以外の何物でもない。
自分とMBTIタイプが近くて精神的な安定度が高い人を見つけるのが最も参考になるんじゃないかと。

INTPならINTP同士での比較は有効だが、ESFPと同じ事をやっても逆効果の可能性が高い。
で世の中ESFJ系がマジョリティと思われるので、彼らと同じストレス対処法とかを強制されてしまう所がマイノリティにとってキツい所だと思う。

マイノリティにはマイノリティの処世術がある。

世の中Sが多いので体育会系的な対処法とかに飲み込まれずに、いったん引いてNT系の人は問題解決の為に問題そのものの別側面を捕えようとしたり、NF系の人ならば問題の解決をしくてもよいので問題に対する別の解釈を見つける事で感情的な安定を図る事が有効だったりするわけですな。

特にN系は自分がマイノリティである事にアイデンティティを見出してマジョリティに飲み込まれない事が重要になってくるのかもしれない。

自分を例に出すと確かに「問題に固執している時」にインザグリップに陥り状態が悪くなる。
対処法は確かに、問題に対して一歩引いて、「問題そのもの」「もしくは問題へのアプローチの仕方」の再構成をしている時にストレスから解放されていく感覚がある。

これを、他の型の真似事をして苦しんでいたという所は往々にしてあると思う。
SF系が好みそうな癒しのリゾート施設に行ってみても五感にアンテナが行かないので自分の思考が取れる事はない。
他にもスポーツで気を紛らわせるとか効果がないわけではないけど、抜本的なストレス解消法にならないのよね。
ST系が好みそうなダイレクトな問題解決をしようとしても、解決が困難な問題であった場合余計にそれに固執してしまい視野が狭くなる。
NF系が好みそうな問題とその周辺に対する解釈の再構成をしようとしても、それって抜本的な問題解決になってないじゃんっていう突っ込みを自分で自分にしてしまうので、ほとんど効果が無い。
お寺にいってお祈りとかしようと思うんだけど、根拠の無い解釈を信じろって強制してくる周囲にとてもじゃないけどついていけない。
そっかNTにとって重要なのは問題そのものとその周辺事項に対していったん引いて再構成を試みる事なんだというのは大きな視点の獲得ですね。
それは逃げではないって事。
むしろ問題に対する理解が深まったという事。

これに気が付かないで他人の真似事のストレス対処をやっていた所で余計に自己混乱に陥っていった過去がある。

どうだろう?
他のNT系の方には参考になるストレス対処の仕方ではないだろうか?(NT以外の方にとっても)

【MBTI】知覚機能をイメージでわかりやすくした【感覚S・直感N・Ni・Ne・Si・Seの違い】

外向的感覚・外向的直観・外向的直観・内向的直観それぞれの違いをイメージ化してみた。


Ne:外向的直観




直感Nなので知覚している対象は抽象化されています。

知覚対象をどのように一般化して捉えるかがボトムアップ的である事が分かると思います。


Ni:内向的直観



この機能は説明がしにくいとよく言われていますが、上図のような解釈でいけると思います。

第六感が働くだとかうんぬん言われていますが、最初の全体像の把握の推定から入りトップダウン式に知覚しているので、どのタイプよりも正確な現状認識を可能としているわけですよ。

全体論的な視点からの抽象的な構造化をしているので、その構造上おかしな矛盾があればそれが第六感みたいな感じで知覚されると思う。

構造の推定を知覚しているので、その構造のどこかで変化があった時に、全体に対してどのような影響をあるかを程度の精度をもって予言ができるわけですね。


Se:外向的感覚



今までの説明の直感機能とは違い、一個一個の円の大きさが同じ。

つまり、知覚した事実を抽象化していないという事。

新しい事実経験記憶を発散的にどんどん増やしていく。


Si:内向的感覚



外向的感覚と違うのは経験記憶が関連性の近い物同士で一点集中する所でしょうか。

これによって習慣化された手順をこなし、その精度を上げていく事に関しては右に出る物はいない存在となります。

【MBTI】補助機能に対する新たなモデルの提案

補助機能の本質についての議論を前回した。

T傾向が強いので私はストレス化にTiループにはまり易いのか、INTPの主機能だからTiループにはまり易いのかという話。

例えば同じINTPでもTF軸がバランスがとれていてN傾向の強い場合はどうか。
この時は補助機能のNeループにハマるのか?という事。

もし、そうならばインザグリップ理論の拡張を考えなくてはならない気がする。
「補助機能の機能不全に陥って主機能が過剰になり劣等機能が暴発する」
という従来の定義に加えて
「主機能の機能不全に陥って補助機能が過剰になり第三機能が暴発する」
という捉え方。

こう考えると補助機能と主機能の間に優劣が存在するという見方がそもそもズレている可能性が出てくる。
「主機能と補助機能は等価で第三機能と劣等機能が等価」という見方のほうが正しく見えてくる。

そして主機能と劣等機能のペアは確かに主機能の注意の方向に対して、無意識化に抑圧された機能という見方はできる。
だが、補助機能と第三機能のペアはどうだろうか?
そもそも補助機能がNeの時でも知覚対象は内向しているというモデルを前回考えたわけで、対のSiは外向している必要がある。(比較するならばESTJなどの補助機能にSiを使っている型と比較しなければ意味がない)
このブログでは第三機能に外向内向軸を言及していないのは、インザグリップを説明している本の記述がそうだったからなのだが、もしかしたら、今の見方から第三機能の外向内向軸の定義が難しいという見方がある理由を説明できるのかもしれない。

外界に発散的に概念注意が拡散するNe。
内界注意によって知覚されているNe。
外界で起こっている事実群を一つの経験的な結論に導くSi。
内界注意によって知覚されるSi。

これらをこう表現するモデルとか成立するのかな?
ENe
INe
ESi
ISi
ENi
INi
ESe
ISe
ETe
ITe
EFi
IFi
ETi
ITi
EFe
IFe

補助機能向けに注意軸の方向記述を付け加えた心理機能群
一気に種類が16種類になりましたね。
ちょっとまって、心理機能が16種類なのに例えばINTPとINFPは補助機能が同じINeで重なっている。
16タイプしかいないはずなのに、これはおかしいね。

「ENe=Ne」という事になるのでEXeのように同じ方向のペアがある物を除外する

INe
ESi
ENi
ISe
ITe
EFi
ETi
IFe

はい、こんな感じで見事に八等分できましたね。

INTPの場合ITiとINeを等価に使っている表現になる。
例えばINeに意識が過剰に向いた場合ITiの機能不全になってESiの不健全性が勃発するという表現はできないのだろうか?
インザグリップ理論の拡張ですね。
インザグリップ時にITi過剰になっているのではなく、ITiとINeの過剰になっているという仮説のほうが上手くいくか。
だって、どんな状態であれ、人間が何も知覚していない状態というのは24時間ないので。
思考がぐるぐる回って離れないITi過剰と内側の電子音の繰り返しのINe過剰?の知覚が同時に起きている。

ストレスが無い時は上記以外の心理機能もまんべんなく使っていてそれぞれへの注意が分散している状態かな。
でも、ここで思うのはインザグリップ時に単にINTPの特性が先鋭化されているだけという気がしないでもない。
INTP以外のダイナミクスもある程度使えていた状態からINTPのダイナミクスしか使えなくなっている状態がインザグリップという仮説。
ストレスが無い時は単に注意の方向が分散されるという特徴が出やすいに過ぎないのでINTPの特徴その物が分散的になるという見方をしたほうがいい気もする。
それをストレス時に補助機能が機能不全になるというのは、ズレている可能性があるのかもしれない。
視野が狭くなってITiとINe以外の機能が使いにくい状態になっていると言った方が正確な気がする。
それを健全なINTPはENeが機能していないという見方をしていたのがインザグリップ理論なのかもしれない。
単にENeが機能しているINTPは外向軸とのバランスの良いENTP的な特性を確率論的に使いこなせるINTPという見方をした方がいい気がする。

そうするとインザグリップによる劣等機能の勃発という概念も修正する必要が出てくる。
INTP:ITi INe | ESi EFE
とダイナミクスを仮定定義してみる。
真ん中に|を入れたのは主機能補助機能の等価性と第三機能劣等機能の等価性を視覚化する為。
ITiの裏にEFeがあるのは今までのダイナミクスの理論の通り。
新しいのはINeの裏にESiがあるという事。
INTPにとって最も苦手なのはこのEFeと等価のESiなんじゃないの?てことだね。

どうだろうか?
比較的今までの議論を総合的に考えても矛盾が見当たらないモデルにも思えるが。

【MBTI】補助機能の内向外向軸が主機能と違う事に対する考察

いまいち、補助機能が何故、主機能の内向外向軸と入れ替わっていたのか説明が出来なかったのよね。
で自分の内向傾向が強いと知覚対象もはやり自分の内側に向くという事実があってですな。
INTP:Ti Ne
INTJ:Ni Te
の切り替えをやっていて思ったのは両方とも知覚対象は自分の内側に向くという事なのですなぁ。
何が違うのか。

Ni Teが動いている時は、自分の概念記憶そのものを俯瞰して見ているのよね。
対してTi Neは外向型直感と言えど、実は自分の概念記憶を知覚していてそれを抽象化してはいるけど俯瞰はしていない。

Neの基本は確かに外界の事実を抽象化して捉える。
なのだけど、それが内向型の場合は心の中から沸き起こっている自分の記憶に対して、そのスキーマそのものを繋げて見ているのではないかと。
イメージとしては

INTJのNiもINTPのNeも前提は自分の中の記憶の表出を知覚している。
Niは記憶を抽象化して記憶の構造そのものを地図を作るかのように高い視点から見ている。
Neは記憶を抽象化して記憶の平面的な繋がりを拡張している感じか。

Neだから外界の情報を捕えているというのはNeを勘違いしていたのかもしれない。
ようは内向型の補助機能Neの使い方は、あくまで傾向として自分の心の中で動いている事なのだと。
同様に内向型の補助機能Seも自分の事実記憶を線型的に拡張していると見る事ができるかもしれない。

じゃぁ、外向型の補助機能Siは?
一般的には収束的な経験記憶。
100%外向型の人のSiはどう動いているのか?
この理屈から言えばSiといえども自分の内側で起こっている事を直接知覚していないという事になる。
文字通り外界で起こっている事実を記憶しているが、その想起によって自分の内界に注意が向く事は無いとする。
外界の事実の知覚をもって収束的なノウハウだとか習慣の精度を向上をするような処理のされ方をしているとするのがよいのか?
本人は無自覚なだけであって自分の過去の事実記憶の更新が起こっている。
ただし、その事実記憶群が外側の集団の秩序とかに向いているので、それらを収束させるような方向に行く。

同様に100%外向的なNiも外界の集団秩序を抽象化して捉えている。
本人の内側に対して記憶を記憶していない。
外界の集団秩序を抽象化して捉え、抽象化事実群の地図を作るような高い視点から見ていると表現するのがいいのかもしれない。

では補助機能が判断機能である時は?
100%外向型のENTP:Ne Ti F Siを考えてみる。
あくまで注意は全て外界。
外界の知覚対象を概念化しながら自分の持っている記憶に意識を向ける事無く拡張を続けている。
しかしながら判断はしている。
INTPのように内側の思考に意識が向いてるわけではなく、あくまで意識は外という事になる。
意識は外に向いているが、「自分独自の判断基準」だからTiという表現。
あくまで意識が内側に向いているわけじゃない。

そうすると、そもそも補助機能とは一体なんぞやというのが見えてくるのかもしれない。
一般的に言われるような補助機能が年齢によって発達するみたいな言い方は、この視点から見るとやはりズレている可能性が高いように見受けられる。

INTP:Ti Ne S FeのNeの使い方はあくまでINTP(INFP)特有の物という事だ。

そうすると、これまで自分が議論していた事も的が外れているかもしれない。
ダイナミクスがEI軸PJ軸の確率論的な切り替えが起こっているという所には矛盾は無い。
TF軸SN軸が単純スペクトラムだという所にも矛盾は無い。

問題は補助機能の意識の向け方が文字通り外界か内界かという議論だ。
例えばENTPとINTPはEI軸が入れ替わると主機能と補助機能が入れ替わる。
インザグリップの理論はストレス化に補助機能不全に陥って主機能が過剰に働いて不健全な劣等機能が勃発するというもの。
だからEI軸のバランスをとるのが大事なんじゃないか?という仮説を立てた。
そもそもENTPとINTPではNeの知覚対象が自分の外で起こっているのかと中で起こっているかで違うという事になる。
って事はINTPの場合自分の心の中で起こっている平面拡張的な記憶の概念化の知覚が不健全化しているので、そこに意識を向ければバランスが取れるようになるのか?

まだまだ、仮説段階なのでもう少し検証したい。

【MBTI】外向内向軸のコントロール法案【性格改善仮説】

内向的なINTP的な色を濃くしようとと思うときに、私がやるのはテンポの速い電子音楽を一人で爆音で聞くという事をやるんですよね。
そうすると何が起こるかと言うと、電子音楽が短期記憶のレベルで強烈に記憶される。
強烈に記憶されるので、勝手に電子音の出力が自分の記憶から出てしまう。

電子音が爆音であればあるほど、そこに対する注意も固定化される。

例えばフラッシュバックを想像いてみてほしい。
あまりにも強烈なフラッシュバックが出たら、強制的に注意の方向が自分の内側に向くでしょ?

逆に言えば注意の方向が自分の内側に向くような記憶を自分にさせないという事が内向型が外向化する上で重要なポイントになる気がする。
仮説「外向型は自分の内側から出てくる記憶の強度が低く、内向型は強度が高い」
内向型はTi Fi Si Niのいずれか一つが主機能になっていて、どこかにメインの意識を向けている。

自分の思考に注意が強制的に向いてしまう。
自分の感情に注意が強制的に向いてしまう。。
自分の事実記憶に注意が強制的に向いてしまう。
自分の概念記憶に注意が強制的に向いてしまう。

ここに注意が向かないような自己記憶を作るにはどうすればいいかってって話よね。
その一つの案が

自分の外側から出力される情報の強度の強さ>自分の内側から出力される記憶の強度の強さ
(>は不等号)

って奴だね。
外側の強度を高める事は、外向型になる上で重要なのはわかると思うけど後者の方を意識している人は少ないんじゃないかと思うね。
外界の強度が低い状態で一人の時間とか持ってしまうやはり、どうやったって注意が自分に向いて自分の内側に関する注意が強化されがちになるよね。

ようは自分が注意したい対象は無限ループで強化される性質があったりするので(インザグリップがそれにあたるのかな?)それが外界になるようにすれば、自分に対する記憶の強化が起こりにくくなるってのはあるんでないかい?
インザグリップを逆利用してやるのも手かもしれない。
とにかく、外にしか興味が向かなければ究極の外向型なわけだから刺激中毒(Se Ne)になるか社会的なコンセンサスの取れた正論(Te Fe)の情報を浴び続けるかって事だよね。

それらが気になって気になってしょうがないっていうようになるまで、条件付け的な自己学習をかけてやれば気づいたときには多分外向型だよっていう。
でも自分に注意を向ける事ができない外向型になるのを勧めているわけじゃないよ?っていう(笑

あくまでやはり内向外向軸ほどバランスが重要な軸は他にないというのはこれまでの議論で立てた仮説の通りだし。

外向軸が強ければ強いほどメタ認知能力は下がるはずだしね

【MBTI】発達という視点 赤ん坊にMBTIタイプは存在するのか?

例えば

INTP:Ti Ne S Fe

がいたとする。
よく主機能、補助機能、第三機能、劣等機能を年齢を順に発達するみたいな捉え方をしているMBTI観が主流になっている気がするが前回までの議論で主機能さえ決まれば補助機能以下のダイナミクスは無意識に自動化されているというMBTI観を提唱した。

発達的な視点を否定するのならば、じゃぁ、赤ん坊にもMBTIダイナミクスってあるのっていう?問い掛けが出る。
赤ん坊にもあるだろう多分。

外界に興味を向ける赤ん坊(E)
内気な赤ん坊(I)
好き嫌いで判断する赤ん坊(F)
好き嫌いを無意識化に抑圧する赤ん坊(T)
見たまんまを知覚する赤ん坊(S)
大雑把に知覚する赤ん坊(N)
判断の根拠が内界の赤ん坊(P)

難しいのはJ持ちの赤ん坊がいるかどうかやねぇ。
Te Fe Si Ni持ちの赤ん坊。

家族の感情的な雰囲気に敏感に反応する赤ん坊(Fe)
自分の過去の事実記憶を知覚する赤ん坊(SI)
自分が持っている概念記憶を知覚する赤ん坊(Ni)

この中でTeだけは、それを持っている赤ん坊がいるか疑問に思ってしまうが、感情反応が薄い赤ん坊は間違いなく存在しているし、それでいてSi Ni的な知覚ができる赤ん坊もいるだろうから、多分Teを持つ赤ん坊もいるのだろう。

赤ん坊は言葉の概念がないわけだから、そもそも「思考」が出来るんだろうか?とか考えてしまう。
思考にも色々種類があって映像思考のような物もあるので、そこの合理的な繋がりを把握しているというのはあるのかもしれない。

まぁ、大多数の大抵の赤ん坊はFi持ちっぽいけど。

サヴァン症候群とか例に出せば、T系の赤ん坊にもいろいろ居ることが何となく見える。
見たまんまの風景を正確に記憶するサヴァンなんて、ISTJ:Si Te F NeのTe機能不全インザグリップが定常化した障害にも見える。
計算能力系サヴァンはISTP:Ti Se N FeのSe機能不全のTi過剰?
想像的絵画能力サヴァンはINTJ:Ni Te F SeのTe機能不全のNi過剰?

自分がINTP系だから思うが、頭の中で電子音がグルグル回ってしまう症状がある。
音楽再現系サヴァンはINTP:Ti Ne S FeもNe機能不全のTi過剰?

これらは内向思考型のインザグリップから抜け出せなくなった病気だと仮説を立てている。
あくまで仮説ですよ?

自閉圏がIXT系だとすればADHD圏はENX系だと考えるのが自然ですね。
Neが主機能でTiかFiの機能不全のインザグリップに陥っている赤ちゃんは、比較的想像しやすい赤ちゃんよね。
落ち着きがなくて衝動的な赤ちゃん。

じゃぁ、ENTJは?
理屈上はTe主機能のNi機能不全だよね。

Te系のインザグリップの特徴として怒りを爆発させると長引かないっていうのがあったと思う。
だから、T持ち主機能Si Ni Tiに比べて認知が偏っている状態が人生全体にわたるって事がないのかもしれない。
まぁ、ENTJの推定代表としてスティーブジョブズがいるが、本人の認知機能的な発達の遅れみたいのは無いよね多分。
発達障害と言われていて人の感情がわからないけど、サヴァン的な認知の偏りはなかったんじゃないの?って意味ね。
Te系のインザグリップの癇癪で周囲との軋轢が絶えなかったとはよく聞くが。

結論としては、発達とMBTIタイプダイナミクスを関連付けるのとは違う立場をとりたいですね。
前回記事までの考察も含めて考えると赤ん坊であろうと、小学生であろうと大人であろうと年寄りであろうとMBTIダイナミクスは理屈上成立しているという立場。

【MBTI】ダイナミクスをスペクトラムとして捉えると・・・・2

前回の続き。

MBTIダイナミクスの心理機能は、スペクトラムのなのか?確率論的な切り替えなのか?
もう一度一個一個、スペクトラムの変化を見てみよう。
まずはE⇔I軸。

INTP:Ti Ne S Fe
ENTP:Ne Ti F Si

「主機能・補助機能間」「第三機能・劣等機能間」にスペクトラム的なアナログ的な隙間が存在しているのかどうか?
というのが主要議論となる。

これは疑わしいと思う。
論拠は「補助機能・第三機能間」の距離が存在していない事と、ダイナミクスの主機能・補助機能の距離の意味の定義の難しさがあるから。
距離の意味を定義するのは、「アナログ的なダイナミクス機能間の注意の配分仮説」のような物を用意しなければならないが、「補助機能・第三機能間」の距離がどうなるかを全くわからない所に問題がある。
現時点ではE⇔I軸に関しては「確率論的な切り替わり仮説」が成立している可能性が高い物と仮説を立てる。
(これも「補助機能・第三機能間」の距離定義ができれば可能性は無くはないと思うが。ちょっとこれの検証までは頭が回らない)

次にP⇔J軸。
INTP:Ti Ne S Fe
INTJ:Ni Te F Se
これもダイナミクスの表現の中にT⇔N軸やS⇔F軸のような物が存在しているかどうかが主要議論となる。
これはE⇔I軸とは違い特定タイプ内の心理機能の入れ替わりの変化ではないので上記とは本質的に違う構造を持っている。
T⇔N軸のような物があると仮定する。
そうするとこれ以外にも次のような次元を考えなければならない。
T⇔F軸
T⇔S軸
F⇔N軸
F⇔S軸
S⇔N軸

T⇔F軸もS⇔N軸も特定タイプ内の入れ替わりではなく、別タイプ間の遷移の話になる。
ここが連続的か離散的かという議論。

・アプローチ1(方程式化してみる)
それぞれの軸に比例定数を立てて方程式を解こうとしても6個の方程式に対して変数が10個になるの解は出ない。
ダイナミクスのモデルを拡張すれば存在しえる可能性はあるとしかいいようがない。

・アプローチ2(注意と無意識というものの次元への考察)
「特定タイプ内のアナログ的なダイナミクス心理機能間の注意の配分仮説」が成立しているのならば同時に「別タイプ間の主機能の注意の配分仮説」は同時に存在しえないという事。
何故ならば注意の配分という定義が「ダイナミクス内部内の距離である」というのと「各タイプのダイナミクス間の距離である」
では同じ心理機能への配分位置が二次元に分散してしまい、総合的な注意配分がどうなっているのかの実態定義が困難になるから。
心理機能への「注意量」と「無意識の働き」は別次元軸であると考えるのが普通だと思うというのが論拠。

・アプローチ3(自分の経験則)

注意の配分としてそもそも(Ti Fi)(Ti Ni)(Ni Si)のような注意配分が同時に存在しているのかどうかという事。
これが無いとしてみる。
例えば(Ni Si)が同時に存在していないというのは違和感がある。
知覚対象を抽象的に捉えるか具体的に捉えるかは明らかに認知機能上スペクトラム的だからだ。

(Ti Fi)が同時に存在していないというのはどうだろうか?
判断TiとFiで同時に存在していない。
これはどうだろうね、意思決定の価値判断対象を意識配分として、両方を考慮するという注意配分はあると言えばある気がするし離散的だといえばそのような気がする。

(Ti Ni)が同時に存在していないと仮定する。
これもある気がするし無い気がする。

・アプローチ4(四軸の内、二軸変化をしなければ中庸な注意ができない心理機能の存在)
(Ti Te)(Fi Fe)(Si Se)(Ni Ne)の注意配分がグレーな状態を考えてみる。
これはPJ軸とEI軸の両方がグレーな状態でなければ無理やね。
感覚的には両方同時に知覚しているというのはある気がするし無い気もする。
でも、この変化が一番怪しいよね。
実はPJ軸そのものが本質的に確率論的な軸な可能性もあるのかもしれない。
逆に言えば上記4つのどれか一つへの注意配分のバランスがよければパーソナリティ的にPJ軸EI軸が中庸になるという事を示唆しているわけで。
実は心の健康を保つ上で最も重要な組み合わせなのかもしれない。

・アプローチ5(究極の中庸は存在しえるのか?)
究極的に言えば究極の中庸。
Ti Te Fi Fe Si Se Ni Neの全機能に対して、注意を同時に八等分できるのか?
という仮定をすると無理だろと思ってしまう。
そういう考え方をするとやはり、どこかに離散的な軸が隠れているのではと思ってしまう部分もある。

それがあるとするのならば、恐らくSN軸以外のどれかだろう。
ダイナミクスの構造変化だけで考えるのならばEI軸とPJ軸が怪しいといえるのではないか?

現時点での結論
EI軸変化に基づいたダイナミクス内部間の軸に関しては注意量ではなく無意識の使い方の配列を単に表したにすぎない
EI軸に関してはまだ扱いが難しい。
ダイナミクス内部の配列の交換的な視点で見るのならば離散的と見るのが自然だが他タイプとのスペクトラムな視点。
例えばTi⇒Neに変化をするのはダイナミクス内部の交換ではなく単純に他タイプとのダイナミクスの中庸状態が存在しているだけという見方もできる。

次の仮説を今のところ有力としたい。
(Ti⇔Fi)(Te⇔Fe)(Si⇔Ni)(Se⇔Ne)の変化する過程は連続的である。
ダイナミクス上複雑な変化をもたらす他の機能同士の交換は非連続で確率論的である。

この仮説を元に、ダイナミクスをもう一度議論すると面白い世界が見えてくるのかもしれない。
例えば主機能が(Ti⇔Fi)のグレーな注意配分変化をしている時に補助機能以下がどうなるかとかね。

もちろんこの仮説が偽である場合、他のモデルが成立していた時のダイナミクス構造を可視化するのもそれはそれで面白い。

今回はまぁ、まだまだ本質には遠いかもしれないが、MBTIに対する注意の配分という側面構造がどうなっているのか少し明らかになったのはよかったと思う。

【MBTI】ダイナミクスをスペクトラムとして捉えると・・・・

今回のテーマは、基本4軸とダイナミクスとそのスペクトラム。
MBTIを最も分かりにくくさせているのは、INTPはこういう性格だ!みたいな分かりやすいステレオタイプの説明よりもむしろ、各タイプ間のあやふやな状態の構造がどうなっているかだと思う。
だから、INTPはこうだ!ESFJはこうだ!という説明でなく、「俺って外向か内向かよくわからないんだよね~」みたいな所の心理機能的なわかりにくい部分を明確化させる事にあると思う。

例えば心理テストで

(30%)E⇔I(70%)
(10%)S⇔N(90%)
(60%)T⇔F(40%)
(80%)P⇔J(20%)

などという数字が出た時にダイナミクス的にどうなっているのかを考えてみたい。
上記だとINTPに分類される。
Ti Ne S Fe
ですね。

でもNが90%なので極めてNが強いのに、Neは補助機能ですね。
これをどう解釈するか。

心理テストから、おおよその意識配分が基本四軸に沿って近似的に定量化されたというのは事実だと思う。
補助機能なのでNはサブ的にしか使っていないはずなのに90%とか何かおかしいじゃないか!っていう意見

判断軸の移動を考える(60%)T⇔F(40%)
Ti Ne S Fe⇒Fi Ne S Te

判断軸はTとFで比較的バランスのとれた数値。
これは内向的判断が主機能という見方ができる。
自分の感情と思考の両方を配慮しているが、自分の判断の色が濃いという事には変わりはない。

知覚軸の移動を考える(10%)S⇔N(90%)
Ti Ne S Fe⇒Ti Se N Fe

知覚軸は90%直感。
比較的バランスの取れた判断の根拠に直感の知覚を圧倒的に使っている。
「直感が90%なのにNが補助機能なのはおかしい」って理屈は知覚機能の変化がダイナミクス上でのどのように変化をするのかという議論が抜けているので的外れという事ですね。

考えるべきは心理テストで出た四軸が比較的(50%vs50%)に近い時、上記のようなダイナミクス上の軸の移動がどうなっているのかを考えるという事が大事なのだと思います。

そういう意味でスペクトラム的な理解に対する考察をすると、MBTIという物の本質がより明らかになっていくと思っております。
実は理解にかなり多次元的な見方が必要な代物という事ですね。

例えばPJ軸が(50%vs50%)に近い時はどうなるのだろう?
(TN)i (NT)e
主機能と補助機能の外向内向が固定されている。
PJがニュートラルに近いという事は内向外向軸の固定化状態の中で知覚判断をバランスよく行っているという事になりますね。
これはでも面白いですね。
(100%vs0%)みたいな極端な状態でなければTiの背後では必ずNiが幾分か動いているって事ですもん。
そうすると前の記事で少し考察した
主機能Ti 補助機能Niのような並びは可能なのか?(Te Neも同様ですね)
という問いかけは本質的にズレていたのかもしれない。
(100%vs0%)みたいな状況でない限り全ての人は
自分のタイプのダイナミクス的な心理機能以外も自然と使っているという事ですね。

(P80%vs20%J)のINTP(Ti Ne S Fe)がいたとして、20%分のJが存在する以上INTJ(Ni Te F Se)のダイナミクスも使っているのか?っていう。
つまり意識配分に幾分かNi的な注意と知覚に成功している時は補助機能以下の特徴も入れ替わっているのか?
という疑問が残る。
もしもこの仮説が正しいのならば、そもそも補助機能以下は全て無意識化で自動で決まっているという事になる。
単純にINTP型はTiに最も意識を向けて、次にNeに意識を向けて、次にSに意識を向けて、最後にFe・・・・
みたいな意識配分をしていると考えるのはそもそもおかしいのかもしれない。
Tiに意識を向けているけど少しNeに意識を向けてTiを補助している
のではなく、Tiに意識を向けているけど、Neに意識を向けた瞬間に内面のダイナミクスは
Ne Ti F Si
の構造が働いてしまっているのではないかという仮説。
これが、今まで私がMBTIダイナミクスの理解を根本的に勘違いしているかもしれない論拠。
インザグリップで補助機能不全になるのは全て無意識化で起こっている事なのに、補助機能に意識を向ければ、インザグリップが解消されるんじゃない?
みたいな言い方をしていたのはズレていたのかもしれない。
いや、補助機能に意識を向ければダイナミクス上INTP⇒ENTPになるわけで、そこの切り替えが上手く行ければバランスが取れるようになるという理屈は依然成立しているとは思うが。
Ti TeとかNi Siとかが連続で主機能補助機能として並ばないのは何故かみたいな考察もしたが、上記の仮説が成立しているのならば、これもそもそも的が外れていたのかもしれない。
「今まさにその場で意識をしている物が主機能になっている」のであれば、NiからSiに意識配分を変えれば主機能とダイナミクスの構造が入れ替わっているだけなのかもしれない。(Ni Siの並びだとストレスフルになるからって仮説を以前に立てたが)

じゃぁインザグリップの補助機能の機能不全の実態って何なのよって話になる。
「ストレス化で主機能に意識配分が過剰になって補助機能に意識を向けられなくなっている」のではなく「ストレス化で主機能に意識配分が過剰になって補助機能が無意識上で誤動作を起こしている」と表現を変えなければならなくなる。

つまり
(30%)E⇔I(70%)
(10%)S⇔N(90%)
(60%)T⇔F(40%)
(80%)P⇔J(20%)
のような並びがMBTI心理テストで得られたら、単純にここからINTPなんだと解釈するのではなく、Te Ti Fe Fi Se Si Ne Niの意識配分がどこに向かう時間帯が長くなる確率が高くなるのか?という見方をした方が正確な可能性もある。
ここで最初に言及したスペクトラム的な捉え方を一歩進めて、スペクトラムを確率論的に捉えるという見方もできるようになる。
(60%)T⇔F(40%)なので思考と感情バランスが良いので主機能は判断TiとFiの両方なのよ、ではなく、60%の確率で主機能思考判断のダイナミクスになり、40%の確率で主機能感情判断のダイナミクスになるという捉え方。
これだと、確率論的ダイナミクス構造という表現ができるようになると思う。

精神的なバランスが取れている時のMBTI心理テストの結果は参考程度にしかならない、というのは分かる気がする。

そうするとやはりインザグリップを基準にタイプ選定をしたほうがわかりやすい。
何故ならば、インザグリップ状態の時こそ、主機能への過剰依存によるストレス対処の癖がでるので確率論的スペクトラム上極端な構造になりやすいから。

自分自身の精神バランスが取れている時にMBTIの心理テストを受けるより、ストレス化で追い詰められている時にMBTIを受けた方が、本質的なタイプが判明しやすいという事になるんだと思う。

だからといって安定期に出た結果も心理機能のスペクトラム的な使い方の傾向としては、本当にそういう使い方をしているのだとも思う。

かなり分かりにくい文章だと思うので言いたいことだけ最後にまとめ。
Te Ti Fe Fi Se Si Ne Ni
のそれぞれの機能の注意の向け方の本質の話が論点。
例えばTiとFiのどちらが主機能か曖昧な時、内界の思考と感情の知覚は同時に起こっているのか?
それとも、実はデジタルな物で切り替わっているのか?
っていう事。
デジタルで切り替わっているのならば、単なるTi⇔Fiのスペクトラムと捉えるのではなく、確率論的なダイナミクスの心理機能の切り替わりが内面で起こっている可能性が高いのではないか?という事がこの記事では言いたい

【MBTI】知覚(P)判断(J)軸の移動とダイナミクス

PJ軸移動について考察してみたい

基本的にPJ軸は知覚Pと判断Jの移動だ。
これが意味するのは、主機能か補助機能の外向に知覚Pが含まれるか判断Jが含まれるかの違いとなる。

例えば
INTPとINTJ
INTP:Ti Ne S Fe (知覚Pを持つために補助機能の外向が知覚機能Nとなる)
INTJ:Ni Te F Se (判断Jを持つために補助機能の外向が判断機能Tとなる)

ESTPとESTJ
ESTP:Se Ti F Ni (知覚Pを持つために補助機能の外向が知覚機能Sとなる)
ESTJ:Te Si N Fi (判断Jを持つために補助機能の外向が判断機能Tとなる)

面白いですね。
ダイナミクス的変化の最も大きい軸がこのPとJの移動だと思われます。
JユーザーがTe Fe Si Ni
PユーザーがTi Fi Se Ne
で主機能・補助機能が構成されているという事になります。

もう少し変化がわかりやすく分解してやる。
i e
INTP:T N
INTJ:N T
どうだろうか?
だいぶ見やすくなったのではないか?
PJ軸のダイナミクス的な意味づけは「判断⇔知覚」の変化軸。

Pユーザーが自分の判断に意識が向いている人たち。外界の知覚に意識を向ける人たち。
Jユーザーが外界の判断に意識が向いている人たち。内界の知覚に意識を向ける人たち。
基本的にJユーザーが組織向きでPユーザーが個人プレーヤーというのは上記から良くわかる。
面白い示唆は
Pユーザーが情報収集の根拠を外界に依存
Jユーザーが情報収集の根拠を内界に依存
という所。
自分自身の記憶の構成をよく知っている人間は組織向きにになるっていう事。
逆に言えば自分の記憶に意識を向ける癖をつければ判断の根拠が自動で外界になるというのは極めて面白い示唆だ。
説明がしがたい仮説現象ですよね。
例えば主機能Si、補助機能Fiのような並びはあり得ないのか?
自分自身の記憶を根拠に自分自身の価値観で物事を判断するという人間。
何故、そのような物が定義されていないのか?
上記の場合だと主機能、補助機能の両方が内向しているので外の判断知覚がほとんどないという事になる。
例えば極端なIを持つ型だと、ほとんど外界に意識が向かず、判断知覚が自分の内界になるというのはありえる気がしないでもない。
でもそれって凄い不健全なのはなんとなく想像できる。
自分の心の世界で起こっている事だけに依存して判断知覚をしているという事。
ようは、その注意の向け方ではバランスの取れたパーソナリティを維持するのが難しいという仮説が立つのではないか?

内向の度合いが強ければつよいほど、外界の何かを認識しないと認識のバランスが取れずにストレスフルになるというのはどうだろう?
Ti Teのように自分の判断に固執している人がそれで外界の判断を取り入れる事もストレスフルになる事は想像に難しくない。
だから、外界との接点を持つ手段として補助機能の注意の向け方があると思えば、統合的なバランスがとれるようになるというのはある程度理が通るようになる。
Tiときたら知覚を外向させなければ、ストレスフルな状態に陥ってしまうという事。
ストレスフルな状態になれば視野が狭くなってインザグリップになる。

逆にFe Seみたいな順番も考えてみよう。
外界の感情に意識配分を向けていて知覚も外界でやる。
意識が外にしか向かなければ多分人は自己コントロールを失う。
それでは破綻をしまう。
だから、自分の内側に目線を向けなければならない。
その時にFe Fiのような意識の向け方をしてしまうと、個人と集団の判断基準を同時に満たさなければならないのはストレスフルでバランスを取りにくい。
結果としてFeときたら内界の記憶に意識を向けるしかなくなる。

主機能と補助機能の順番はその人のパーソナリティを安定させる為のバランスの為の配分なのだと。

例えば重症な自閉の子を考えると、あまりにもiが強すぎてTi Niのような順番もありえなくはないが、それは不自然で生きていく事が難しくなってしまう。
これにより自分の主機能の使い方にあった補助機能の使い方の習得に失敗をして恒常的なインザグリップから抜け出せなくなった。
っていう見方もできなくもない。

そういう意味で知覚P判断JとMBTIダイナミクスの並びが示唆するものは非常に興味深い物がある。

主機能と補助機能の並びの法則は心理的なバランスの取れたパーソナリティを実現する為のものという仮説は理が通っているのではないか?

【MBTI】インザグリップ理論と外向内向軸

インザグリップ理論の基本は補助機能の機能不全で主機能の過剰依存が起こり、劣等機能が暴発するというもの。

例えば
ENTPとINTP
INTP:Ti Ne S Fe
ENTP:Ne Ti F Si

で比較してみる。
見て頂ければわかる通り、主機能と補助機能の入れ替わりが起こっていますね。
ようはこの外向内向軸のバランスが良ければ、インザグリップという名の不調状態に陥りにくい人間になるのではないか?という仮説。
ようは精神的な安定度の高い人間は外向内向の視点の切り替えが一番上手い人間が該当するのではないか?っていう仮説
知覚と判断のバランスを保てるって事なのだがら。

反論として躁うつ病のようなのは内向外向の切り替えが上手いじゃんってあるかもしれない。
躁うつ病は判断機能の機能不全とNeの過剰によるSiの暴発が実態で、知覚と判断のバランスが欠けているから病的な内向外向の切り替えになってしまっているわけなので。

なるほど人の精神のバランスを保つにはとにもかくにも知覚と判断のバランスが良ければなしえる可能性が高いと。
その為に内向外向軸をいかに中庸に維持するかってのは大事だと思いますね。