【MBTI】補助機能の内向外向軸が主機能と違う事に対する考察

いまいち、補助機能が何故、主機能の内向外向軸と入れ替わっていたのか説明が出来なかったのよね。
で自分の内向傾向が強いと知覚対象もはやり自分の内側に向くという事実があってですな。
INTP:Ti Ne
INTJ:Ni Te
の切り替えをやっていて思ったのは両方とも知覚対象は自分の内側に向くという事なのですなぁ。
何が違うのか。

Ni Teが動いている時は、自分の概念記憶そのものを俯瞰して見ているのよね。
対してTi Neは外向型直感と言えど、実は自分の概念記憶を知覚していてそれを抽象化してはいるけど俯瞰はしていない。

Neの基本は確かに外界の事実を抽象化して捉える。
なのだけど、それが内向型の場合は心の中から沸き起こっている自分の記憶に対して、そのスキーマそのものを繋げて見ているのではないかと。
イメージとしては

INTJのNiもINTPのNeも前提は自分の中の記憶の表出を知覚している。
Niは記憶を抽象化して記憶の構造そのものを地図を作るかのように高い視点から見ている。
Neは記憶を抽象化して記憶の平面的な繋がりを拡張している感じか。

Neだから外界の情報を捕えているというのはNeを勘違いしていたのかもしれない。
ようは内向型の補助機能Neの使い方は、あくまで傾向として自分の心の中で動いている事なのだと。
同様に内向型の補助機能Seも自分の事実記憶を線型的に拡張していると見る事ができるかもしれない。

じゃぁ、外向型の補助機能Siは?
一般的には収束的な経験記憶。
100%外向型の人のSiはどう動いているのか?
この理屈から言えばSiといえども自分の内側で起こっている事を直接知覚していないという事になる。
文字通り外界で起こっている事実を記憶しているが、その想起によって自分の内界に注意が向く事は無いとする。
外界の事実の知覚をもって収束的なノウハウだとか習慣の精度を向上をするような処理のされ方をしているとするのがよいのか?
本人は無自覚なだけであって自分の過去の事実記憶の更新が起こっている。
ただし、その事実記憶群が外側の集団の秩序とかに向いているので、それらを収束させるような方向に行く。

同様に100%外向的なNiも外界の集団秩序を抽象化して捉えている。
本人の内側に対して記憶を記憶していない。
外界の集団秩序を抽象化して捉え、抽象化事実群の地図を作るような高い視点から見ていると表現するのがいいのかもしれない。

では補助機能が判断機能である時は?
100%外向型のENTP:Ne Ti F Siを考えてみる。
あくまで注意は全て外界。
外界の知覚対象を概念化しながら自分の持っている記憶に意識を向ける事無く拡張を続けている。
しかしながら判断はしている。
INTPのように内側の思考に意識が向いてるわけではなく、あくまで意識は外という事になる。
意識は外に向いているが、「自分独自の判断基準」だからTiという表現。
あくまで意識が内側に向いているわけじゃない。

そうすると、そもそも補助機能とは一体なんぞやというのが見えてくるのかもしれない。
一般的に言われるような補助機能が年齢によって発達するみたいな言い方は、この視点から見るとやはりズレている可能性が高いように見受けられる。

INTP:Ti Ne S FeのNeの使い方はあくまでINTP(INFP)特有の物という事だ。

そうすると、これまで自分が議論していた事も的が外れているかもしれない。
ダイナミクスがEI軸PJ軸の確率論的な切り替えが起こっているという所には矛盾は無い。
TF軸SN軸が単純スペクトラムだという所にも矛盾は無い。

問題は補助機能の意識の向け方が文字通り外界か内界かという議論だ。
例えばENTPとINTPはEI軸が入れ替わると主機能と補助機能が入れ替わる。
インザグリップの理論はストレス化に補助機能不全に陥って主機能が過剰に働いて不健全な劣等機能が勃発するというもの。
だからEI軸のバランスをとるのが大事なんじゃないか?という仮説を立てた。
そもそもENTPとINTPではNeの知覚対象が自分の外で起こっているのかと中で起こっているかで違うという事になる。
って事はINTPの場合自分の心の中で起こっている平面拡張的な記憶の概念化の知覚が不健全化しているので、そこに意識を向ければバランスが取れるようになるのか?

まだまだ、仮説段階なのでもう少し検証したい。

カテゴリーMBTI

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です