【ダニング=クルーガー効果批判】メタ認知は人を不幸にする

結論から言えば、内向型の方がメタ認知を得意としているが外向型の方が主観的幸福度が高い。

だから、自分を客観視するという行為は自分を不幸にする要素を多分に含んでいるという事が言いたい。

長年メタ認知をし続けてきた管理人の一つの結論。

幸福になる為にはメタ認知を辞めるしかない。

確かにメタ認知ができれば、外向型の人間には持ちえない強力な武器が手に入る事は間違いない。

目標達成能力や何かを極める能力の為にはメタ認知が絶大な力を発揮する事は認めざる得ない。

管理人もリアルで結構ないろいろ目標達成をしてきた。

が、内向傾向も同時に強化され、神経症傾向に拍車がかかった。

あまりにも、自分を客観視する事を世間は神格化しすぎているように思う。

メタ認知を辞めなければ外向型のパーソナリティ構造に近づけないという絶対的な現実があり、極める能力こそ内向型に劣るものの、総合的には外向型の方が有利なこの世界で自分を客観視する事を要求してくる事に耳をかしすぎてしまうと自分で自分の首を絞める事になってしまう。

ここで考えたいのは「ダニング=クルーガー効果」と呼ばれている物である。

自信のある人ほどメタ認知ができずに能力が低く、自信の無い人ほどメタ認知ができる為に能力が高くなるとの理論。

外向型の方が総じて主観的幸福度が高く、メタ認知能力は内向型に比べて劣るわけだから、平均的な能力は「内向型>外向型」とならなければおかしいハズ。

でも実際にはそんな事は無く、極める能力が内向型に比べて劣っているだけで、総合力は外向型の方が優れている。

「ダニング=クルーガー効果」はそういう意味で能力に対する概念の切り取り方が一面的だと言わざるえない。

 

【アドラー】人に迷惑をかけてはいけないのか?怒りは悪なのか?【課題の分離】

一般的に自己中心的である事は悪い事だとされる。

人に迷惑をかけてはいけないだとか。

もっともらしい綺麗な言葉を使って、至る所で「偽善」が叫ばれている。

「戦争反対」「人にやさしくするべき」「思いやり」

その本質を辿れば、偽善をかざした対人操作が目的であったりする。

本質的にどの人間も究極の目標は「生存」なのである。

どの言動も。

ネット上に溢れる、あらゆる言葉も。

大本を辿って行けば「自己の生存」という極めて自己中心的な本質に辿り着く。

生きていれば、様々な人間がその本質を覆いかぶした「綺麗事」「プロパガンダ」をもっともらしく語りかけてくる。

所詮、その綺麗な言葉を言った張本人も自身の利害の本質に関わる部分に触れられれば「自己の生存」の為の醜い自己中心的な実態を露呈しなければならなくなるのである。

どんな人間も例外は無いと思う。

それが例えガンジーだろうと。

本質的に人間関係はここの利害関係のぶつかりあいにある。

綺麗な言葉にそそのかされて、その綺麗な言葉を真に受けた瞬間に「相手の生存の為にあなたが犠牲になった」のである。

あなたは、この世に生物として生まれてきたからには、生存を第一目標にしなければならない。

対人関係で上手くやらなければならない。

嫌われてはならない。

上記それその物が目標化された時、あなたは完全に外界に心を支配される事になる。

あくまで、上記は「生存の為の手段であって目的ではない」のである。

その前提を覆す何かを自分の中で受け入れてしまった時に、あなたは心の病の世界へと近づいてしまう事になる。

思いやりも、博愛もあなたが選んだ「生存戦略」なのである。

「人に迷惑をかけてはいけない」とプレッシャーをかけてくるのはあなたの生存戦略ではなく、他者の生存の為だ。

「人に迷惑をかけない」事があなたの生存になってプラスになるのならば、それを手段として選択すればいいだけの事である。

「人に迷惑をかけない」事そのものを目的化したら、それは泥沼にしかならない。

心が混乱した時こそ、この大前提に戻る事が自分を救う事になる。

あらゆる膨大な意見や情報が世の中には存在する。

その表面上の言葉じりしか捉えられなければ、情報を発信した人間の餌食になるだけだ。

アドラー心理学に「課題の分離」という考え方がある。

人間一人一人人生の課題を抱えている。

自分の課題に他者を侵略させてはならないし、相手の課題に侵略してはならない。

それが人間関係の悩みを解決するコツであると。

基本的には私もこの考え方は賛成だ。

賛成だが、違和感はある。

それが上記の内容と直結している。

アドラー心理学的には課題の分離の視点から他人に迷惑をかけてはならんという事になる。

そりゃ、無理よねっていう。

どの人間も自身の目的が生存である以上、他者をコントロールする事は重要だからだ。

コントロールされた側は心を病んでしまうが、コントロールを仕掛けた側はそれが有効な生存戦略の一つだと知っているのである。

怒りが良くないという言説に対してもこの視点から違和感を感じる。

怒りとコントロールは密接な関係があると思う。

怒りをぶつけられた側が「大人の対応」をし続ければ、相手の侵略を許してしまうという事になる。

対人関係において怒りが介在した瞬間に、それは利害がぶつかりあっているわけだから。

利害が対立している状況下で「相手の思い通りにならない」という事を相手に学習させなければならない。

怒りをぶつけられ、怒りで返す。

そこでようやく、相手と自分は対等になるのである。

そういう意味で「喧嘩」は大切な意味を持っていると思っている。

必要なのは、怒りをベースにした反応を返す事が「あなたの生存にとってプラスになるかマイナスになるかの判断」だけである。

あらゆる怒りに正当性が無いという言説には上記の視点から違和感を感じる。

 

 

内向型神経質型が無理に外向型に性格を直さなければと思ってしまう事について

内向型が外向型に対してコンプレックスを抱きがちなのは周知の事実です。

ここではどうすれば内向型が外向型に近づけるか考えてみましょう。

ビッグファイブでは外向型の感度はポジティブ情動性の感度だとなっています。

(ネガティブ情動性の感度は神経症傾向という別軸がある為に内向型とは直接関係ないという事になっています。個人的には、神経症傾向と外向内向軸は密接な関係があると思っていますが・・・・)

内向型が外向型に近づく為にはポジティブ情動性の感度を上げればよいという事になります。

言い換えれば脳の「報酬系の回路を活性化」させるという事です。

私の場合だと、今まで無理に「ポジティブシンキングをしなければ」みたいな囚われ方をしがちでした。

ポジティブシンキングそのものを目的としてしまうと、それが義務化されてしまい、かえって「報酬系の回路を活性化」という目的と真逆の思考回路になってしまいがちです。

「報酬系の回路を活性化」にダイレクトに働くのは「欲しい物」を意識し続ける事だと思われます。

理屈の上では「自分が欲している事をだけに認知がフォーカスし、その情報を中心に自分に記憶をさせている時間が長時間になれば報酬系の回路がポジティブフィードバックがかかって強化されていく」という事になります。

投資の言い方で言えば、リスクとリターンのうちの、リターンに関わる情報だけを選択的に記憶させる事ができれば、日常生活の記憶の出力が必然的にリターンに関する情報のみになるという事です。

リターンに関する情報のみを記憶しているので、必然的にポジティブかつ行動的な外向型なるという事です。

個人的にはポジティブ信仰は「外向型>内向型」「無神経>神経質」という価値概念であると思っている為に手放しでそれがいいとは思わないです。

一般的は内向型かつ神経質なタイプは現実的かつ、リスク回避な生き方をしているとされているわけですから。

でもやはり、認知の偏りを是正するという意味で、自分を外向寄りに近づける手段を持っていた方がいいというのはあるとは思っています。

その際、ポジティブシンキングその物を目的化してはいけないという事は内向型・神経質型の人に行っておきたいです。

あくまで、自分にとって報酬になる事に意識を向ける事が大事なのですから。

この順番を間違えてはいけないと思います。

ちなみに、私自身神経症傾向の高い人間なのですが、報酬系回路が活性化されると、やはり体感的にも神経症傾向は下がっていきます。

まぁ、リターンによる快楽しか記憶していなければ、リスクによる損失がかすんで見えるというのは当たり前だと思いますが。

 

 

 

 

【 MBTI】有名な二つの性格検査に関する考察【ビッグファイブ】

MBTIとビッグファイブの関係。

この二つ実はかなり共通した概念だ。

MBTIは上記の四軸が基本になる。

・E外向  / I内向

・S感覚 / N直観

・T思考 / F感情

・J判断的態度 / P知覚的態度

対してビッグファイブは心理学で最も信用性があると言われる性格検査で

「開放性」「勤勉性」「外向性」「協調性」「精神安定性」

の五つの次元で人間の性格を捕えます。

ここでMBTIとビッグファイブを比べてみると

「ビッグファイブの(外向性)」=「MBTIの(E外向  / I内向)」

「ビッグファイブの(開放性)」=「MBTIの(S感覚 / N直観)」

「ビッグファイブの(共感性)」=「MBTIの(T思考 / F感情)」

「ビッグファイブの(勤勉性)」=「MBTIの(J判断的態度 / P知覚的態度)」

という対応関係に不思議と当てはまる事がわかると思います。

ビッグファイブは統計学的な裏付けがあると事なので、ある意味MBTIはビッグファイブの発展形の理論に見えなくもありません。

残りのビッグファイブの「精神安定性」に対応する項目がmbtiには見当たりません。

この「精神安定性」をMBTIに組み込んだ理論もあるようですが、私自身もその視点に賛成です。

ただ、「精神安定性」がMBTIの心理機能にどのような影響を及ぼすかという視点は無い様で、違和感を覚えます。

何故ならばビッグファイブの考え方では

「外向性」→「報酬感受性」と「ポジティブ情動性」の感度

「精神安定性」→「罰回避感受性」と「ネガティブ情動性」の感度

であるからです。

決して内向的だからといってネガティブ情動性が高いわけではないのです。

mbtiの場合は外向性と内向性が入れ替わると、心理機能の配置を法則的に変化させる物でした。

「ポジティブ情動性」の高低で心理機能の配置を変化させるならば、「ネガティブ情動性」の高低で心理機能の配置が変化しないのは違和感を感じます。

ネガティブ情動性とポジティブ情動性をトレードオフに考えるモデルの視点なのか?

それともMBTIの(E外向  / I内向)はビッグファイブの考え方とは違い、注意が内側に向くか外側に向くかの純粋な物なのか?

(当ブログのこれまでの様々な考察は後者を想定)

「ネガティブ情動性」「ポジティブ情動性」「注意の内向」「注意の外向」

この四つの関係性を簡易モデル化できれば答えはでるのかもしれません。